<vol.7>の続き。



●【再検証】あの名誉毀損裁判とは何だったのか?~内館牧子氏・日本将棋連盟・α氏、それぞれの “しがらみ” と “思惑” 、そして “もしも” ~(8)

<エピローグ2>相撲界・将棋界に残した爪痕~2010年代の小説2作品と「月夜の駒音」から見る内館牧子氏の「野望」の残滓~



最後に、この話題を。
2010年代に内館氏が発表した小説2作品には、相撲界・将棋界にそれぞれ関与していた当時の自身の心情が色濃く反映されている可能性がある。

「大相撲野球賭博問題→大相撲八百長問題」で揺れた相撲界では2012年に放駒理事長が退任し北の湖親方が理事長に返り咲き第二次北の湖政権が誕生した。
これを機に、内館氏は相撲界でのこれ以上の“出世”を断念し、新たな活躍の場を将棋界に求めた可能性を<vol.3>で指摘した。
そんな2012年に発表された内館氏の小説が「十二単衣を着た悪魔」(幻冬舎)である。

この小説は、就職難に苦しむ中堅私立大卒の主人公・伊藤雷が源氏物語の世界にワープし陰陽師(おんみょうじ)として弘徽殿女御(こきでんのにょうご)に仕え成長する物語となっている。
弘徽殿女御とは、源氏物語で一時は主人公・光源氏を左遷させるなど光源氏の生涯に渡る政敵として描かれた人物である。
内館氏は、当時の自身の境遇を小説の主人公や弘徽殿女御に重ね、捲土重来(けんどちょうらい)を期していたのかもしれない。
(※ちなみに、「十二単衣を着た悪魔」の主人公の名字はα氏の本名と同じであり、これも内館氏のα氏に対する憎悪及び「将棋世界」2013年7月号での中傷記事の一因となった可能性が否定できない。)
その捲土重来の矛先が、内館氏にとっては将棋界だった…ということになるのだろうか?

「十二単衣を着た悪魔」の映画は2020年秋公開。
監督を務めたのが女優の黒木瞳氏で、黒木氏は過去にも内館氏原作のテレビドラマや映画に出演経験があり内館氏と懇意の間柄という経緯からであろう。
しかし、公開前に出演俳優2名(主演含む)が相次いで不祥事で逮捕され、興行成績もメディアから「爆死」と揶揄されるなど “いわく付き” の映画となってしまった。


【参考】
「とんかつDJ」「十二単衣」映画史に残る“大コケ”で伊藤健太郎が見る悪夢(アサ芸Biz 2020/11/25)
https://www.excite.co.jp/news/article/Asageibiz_22779/


以前の記事では、将棋界の2つの騒動を承平天慶の乱になぞらえ、内館牧子氏を平将門に(観戦記者・小暮克洋氏を藤原純友に)例えた
平将門には有名な怨霊伝説があり(※平将門・菅原道真・崇徳天皇「日本三大怨霊」として有名)、同様にこの映画にも “呪い” がかかっていたのかもしれない…

さらに、2012年は内館氏にとっては捲土重来を期す大きなターニングポイントとなる出来事が12月に相次いで起こっている
それが


・米長邦雄日本将棋連盟会長(当時)の死去(2012/12/18)
・衆議院議員総選挙による民主党→自民党への政権交代
2012/12/16、同日の東京都知事選では猪瀬直樹氏が当選。猪瀬氏の選対本部長を務めた川淵三郎氏は将棋連盟が公益法人に移行した2011年に連盟の非常勤理事に就任している。一方の内館氏は、2007~2015の約8年にわたり将棋連盟に関与していたが、最後まで連盟の役員になることはなかった。)


である。
元々内館氏は米長氏と同じく保守論客であり、特に後者は本人の息を吹き返させただろうし、同時に亡くなった“盟友”の恩に将棋界で報いたいという思いを強くしたであろうことは想像に難くない。


内館氏のエッセイ「月夜の駒音」の「将棋世界」2011~12年掲載分を改めて見直してみると、将棋とは一切無関係の話題の月も度々あり、友人たちとの旅行の話題で「(宿に)将棋盤があった」と無理矢理「将棋」の単語を入れただけだったり、中には「将棋」の単語すらない月もあるほどだった。
読者である将棋ファンが求めていたのは「将棋界との交流を通じた棋士のエピソードなどの “こぼれ話” 」であったはずだが、実際は米長氏以外の関係者エピソードは極めて乏しく、普段もメディアの記事(※将棋関連以外も含む)を引用した感想文に過ぎないものが大半であった。
「将棋世界」の巻頭エッセイであったにも関わらず、実際は座標の中で一点だけ大きくずれているようなもので、ネット上でも、内館氏の記事をまず飛ばして読む「内館スルー」と呼ぶべき読者の声も散見されていた。

そんな内容だったのが、2013年になって一変する。
まず「詰将棋にはまっている」というアピールに始まり、2013年3月号では “盟友” かつ将棋界での “後ろ盾” であった米長氏の追悼文を掲載。
さらに、名誉毀損騒動の “いわく付き” となった「 “あの” 2013年7月号」の前号(6月号)では、次のような内容になっていた。


ある日、本誌の田名後健吾編集長に電話をかけた。
「ねえねえ、タナゴさん。何で定跡を覚えないといけないの?」
タナゴ、しばし絶句である。心の中ではきっと「今頃何を言ってんだよ。」と思っていたに違いない。私は力説した。
「考えてもみてよ。定跡通りに組んじゃ、相手だってすぐ対応できるわけでしょ。」
タナゴ、あきれて無言。(中略)やがて、彼は言った。
「定跡なんか覚えて何になるの?という質問は、初心者から割によく出るんです。」
年月だけは初心者でない私。すみませんね。だが、初心者の多くはぶつかる疑問ということになる。(以下略)


─「将棋世界」2013年6月号掲載 内館牧子「月夜の駒音」第43回「定跡を覚えよう」より



「将棋世界」編集長とのやりとりを「馴れ馴れしい風に紹介」し、これまでにない唐突な連盟関係者との友好アピール。
これは…「 “あの” 次号(2013年7月号)」に向けた “布石” だったのではないだろうか?
中傷記事を載せても、連盟側からは何も言わせない…そのための “圧力” だった
こうして見れば、実はあの中傷記事は内館氏の「計画的犯行」であった可能性まで浮上してくるのだ。(以下略)

(※<vol.3>より引用)


今になって思えば、2011~12年の日本は「民主党政権」であり、保守論客の内館氏にとっては「冷や飯を食わされた」期間であった。
であれば、当時の「月夜の駒音」の連載も「やる気が無かった(モチベーションが低かった)」と考えるのが妥当に思える。
2013年になって突然記事内容が息を吹き返したようになったのも、誕生した第二次安倍政権を担う自民党の安倍晋三首相と菅義偉官房長官(いずれも当時)が将棋議連のメンバーであり氏と近いと目されていた(※<vol.5>参照)ことから、「将棋界に(自身の “出世” の)最後の望みを託そう。」という思惑が本人に働いていったとしても違和感は無い。
(※最終的には、将棋界でも “終わった人” となってしまったが…)



内館氏は、将棋界でも「将棋世界」2013年7月号でのα氏への中傷記事が原因で裁判を起こされ翌年事実上敗れ、2015年12月号の「月夜の駒音」連載終了と同時に2007年から約8年にわたり関与していた将棋界からも離れることとなった
そんな2015年に発表された内館氏の小説が「終わった人」(講談社)である。

(※「終わった人」は、2018年に映画化。映画の製作委員会メンバーには、囲碁将棋チャンネルの親会社である東北新社も関与している。さらに、配給元の映画会社は東映東映とテレビ朝日は相互に主要株主であるなど強固な関係性が知られており、そのテレビ朝日で、内館氏は放送番組審議会委員を長年務めているのだ。ちなみに、内館氏が長期連載中の相撲エッセイ「暖簾にひじ鉄」も同じ朝日新聞系列の週刊朝日である。映画に当時これだけ強力なバックアップがあったのも、名誉毀損騒動で内館氏を守れなかった周辺人脈の “罪滅ぼし” という意味が含まれていたのかもしれない。それでも、「人脈」側は「これでアフターケアは完了」のつもりだったかもしれないが、当時の内館氏の「本心」はどうだっただろうか?)

小説の主人公・田代壮介は、東大卒の元銀行員で出世コースから外れ子会社に出向しそのまま定年を迎えたという設定だ。
執筆時期から推測するに、この主人公のキャラ設定のモデルは同じ東大卒のα氏で、α氏に対する内館氏の “当て付け” による執筆であった可能性が浮上してくる
その根拠は、α氏は電王戦参加当時(2012~2013)は勤務先企業の本社勤務ではなく研究所出向であり(※その後、本社に戻り今春無事に定年を迎えた模様。)、将棋連盟関係者から「アイツは飛ばされた(左遷された)」などと陰口を叩かれたというエピソードを本人のブログで披露しており、内館氏も同様の話を聞いていた可能性があるのだ。
(※世の中には「適材適所」という言葉があり、研究職が性に合う人も居て当然に思われるが…随分と狭量かつ軽率な発言をする人が当時の連盟には居たものだ、と個人的には思う。)

この可能性に一度気付いてしまえば、

<私も(将棋界で) “終わった人” だけど、α氏、アンタも “終わった人” なのよ!>

という、内館氏の無念(怨念?)が見えてくることだろう。

ネットでまとめられた、氏の横綱審議委員時代の「語録」には


2007年11月26日:2場所の謹慎処分を終えて帰国した朝青龍に対し「私の中ではもう終わった人」とバッサリ。


とある。
当時は、まさか自分が “終わった人” となろうとは夢にも思っていなかっただろう。
キャリアを通して、この人に対するマスコミによるバッシング記事を見たことがないが、それだけアンタッチャブルな存在として周辺から恐れられていたということだろう。
(※実際、この名誉毀損騒動に関しても大手マスメディアでは報道されなかった。)
本人の経歴や人脈を考えれば、そうなるのも自然かもしれない。
物書きという点で、マスコミも “同業者” なので< “身内” を叩きにくい “空気” >もあったのだろう。

逆に考えれば、当時の被害者であったα氏が裁判を起こし勝利したことはまさに

< “空気” を打ち破った “勇気” >

であった
と言えるのだ。
もしも、裁判が無くα氏が “泣き寝入り” していたならば、その後内館氏が連盟の役員(理事)となり、その人脈を背景に、将棋界が内館氏に直接あるいは傀儡により支配される事態となる可能性も将来的には十分有り得ただろう。
(※<vol.4>参照。内館氏が連盟を支配する事態となれば、連盟視点からすれば「庇を貸して母屋を取られる」だっただろう。)
そう考えれば、α氏こそが「内館牧子という “脅威” から将棋界を救った “英雄” 」であり、本来ならば、将棋ファンを中心にその “快挙” は称賛されていた…はずだったが。

何より、その後の2016年に勃発した “次の騒動” の衝撃があまりにも大きかった。
これで、「内館騒動」の方は一気に風化してしまったのである。
この騒動については、現在は将棋ファンの間で語られることもほとんど無く、世間に埋もれてしまった現実を実感させられる。
今は、インターネットで往時の語られた有象無象の言葉の数々がただ沈黙しているのみである。
“次の騒動” は、巡り巡って「内館氏を救った」形に結果的になっている事実に我々は留意しなければならないだろう。

(※「電王戦名誉毀損騒動」での内館氏の “失策” は、当時は「本業」でも致命傷になりかねない懸念があった。しかし、「終わった人」以降も終活がテーマの小説を出し続けている事実から、将棋界を去った後はいわゆる「終活ビジネス」へのシフトチェンジが軌道に乗っている模様である。その前提として、2016~17年の “次の騒動” による「内館騒動の風化」があったことは否めず、内館氏にとって、 “次の騒動” のキーパーソン・小暮克洋氏は「恩人」と言えるだろう。こうした「簡単には “土俵を割らない” しぶとさ」や「強運」からも、我々は内館氏に対し決して最後まで油断は禁物であることを改めて実感させられるのである。)



「十二単衣を着た悪魔」「終わった人」、そして書籍化されなかった「月夜の駒音」
もしかすると、これらは相撲界・将棋界に関与していた頃の内館氏の「野望」の残滓なのかもしれない。

脚本家(小説家)
社会貢献支援財団理事(現・副会長)
テレビ朝日放送番組審議会委員
東京都教育委員
東日本大震災復興構想会議委員
大相撲横綱審議委員
東北大学相撲部監督(現・総監督)

内館氏には、確認できるだけでもこれだけの肩書があり、政界やマスコミにも幅広い人脈を持つと目され恐れられていた。
その肩書の多さや特に横綱審議委員時代に目立った挙動の数々を振り返ってみると、改めて権威主義的パーソナリティと尋常ではない野心家ぶりと執念深さが印象に残る存在であり、当時の相撲界・将棋界に爪痕を残したと言えるだろう。
いずれにせよ、その野望が騒動の被害者となったある一般人の<勇気ある言動>をきっかけに潰えたのは事実であり、「あの内館氏を、名も無き一般人が倒した」のは、当時としてはまさに “ジャイアントキリング” であったと言えるだろう。
その一般人(α氏)の、当時の将棋界での孤軍奮闘・獅子奮迅ぶりとその苦労がいかばかりであったか、今の我々はよりリアルに想像できるだろうし、その「勇気」と「快挙」は改めて讃えられ語り継がれるべきであろう。
これからの、α氏の “第2の人生” が実りあるものとなるよう心より願う次第である。




(参考)内館牧子「70代でも考えることは “どう刺激ある人生を送るか” 」(みんなの介護 2021/05/07)
https://www.minnanokaigo.com/news/kuratama/no28/

(※内館氏が、将棋界を去った2015年末以降将棋について初めて(?)語った貴重な資料と言えよう。漫画家・倉田真由美氏のインタビューで、内館氏が2007年から将棋界に関与した経緯が掲載されている。2013年のα氏への誹謗中傷も、氏にとっては「刺激ある人生」の一環だったのだろうか?)




以上で、「電王戦名誉毀損騒動(内館騒動)」編は完結する。
この騒動の一連の顛末を、おそらく観戦記者・小暮克洋氏を中心とする一部将棋関係者はずっと観察し研究してきたのだろう。
これが、次の「竜王戦挑戦者交代騒動(将棋ソフト不正使用疑惑騒動、三浦弘行九段冤罪事件、小暮騒動)」(2016~2017)へと繋がるのである。
「歴史は繰り返す」という言葉があるように、将棋界における「野望」もまた、絶えることなく内館氏から小暮氏へとリレーされていたのだ。

次回より、その「竜王戦挑戦者交代騒動」編に突入する。